2012年 3月の記事一覧

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12年03月11日 02時35分39秒
Posted by: zeirishi1
 己の原点とは何だろう。自分の原点を見つめなおし、仕事の原点を見つめなおし、会計事務所の原点を見つめ直してみよう思う。

 そのまえに原風景という言葉があるが、私の原風景とは何か。
私はもともと文明退化論者である。道は舗装すべきではない。
建物は3階以上は建ててはいけない。
家と家は木々の間に建てるべき。
エアコンなどいらない。冷蔵庫もいらない。
車や電気すらなくてよいと思っている人間である。

なんとなくではあるが、仕事の原点が原風景と重なってくる。
子供のころ庭に柿の木、桜の木、桃の木、ビワの木、ざくろの木、いちじく、椿、ツゲ、しのやグみ、チューリップ、いちご、とうもろこし、きゅうり、ナス・・・などといろいろあった。

屋根より飛び降りる。もちろん1階建て。多摩川で泳ぎ、湧き水をのみ、おたじゃくしと遊び、ザリガニをとり、コブナを釣り、魚を手掴みし、とってきたハヤのから揚げにして食べる。

友達と木の上に隠れ家を作り、畑は多く、林もあちこちにあった。暗くなるまで遊び、家に帰ってくるころはどろだらけであった。
雨が降ると長靴で転ばないよう歩き、小川でとびっこで落ちた。
遊びは自然の中だった。

今住んでいる場所は同じでもそんな風景はほとんどない。
魚はいない。
土をさがしても、舗装されていて、土の道はない。
林もない。
家の屋根から鉄橋のジーゼル電車が見えたが、建物が邪魔してみえない。

 わたしにとって原風景とは、癒しかもしれない。懐かしさとあこがれと憂愁ともいえる。
素朴さ、すなおさともいえる。

 結婚して、子供が生まれ、家族で多摩川にいって、浮き袋に子供をのせる。
こどもと一緒に釣りをする。
自然との遊びを知ってほしいと思ったからであるが、本当は自然とたわむれたかったのは、私なのだろう。
 家族との自然との遊びも私の原風景なのだろう。

自分の原風景と仕事との関係は何であろう。
文明退化論者であるのに、文明の下で生活し、仕事もパソコンを駆使して行っている。矛盾している。ましてやホームページを作成している。

気持ちの上では、文明を望んでいないのに、文明のもとで生活し、仕事をする。
仕事上は文明の利器は単なる道具である。

便利さの追求が文明であるなら、使わないわけにもいかないのが現状である。
生活も便利さの追求である。
しかし、それを望んでいるわけではない。
世の中がそうなってしまったという感がある。

大事なものを失ったと思っているのは私だけではないと思うが、なくなってしまった原風景を取り戻すことはできない。
なんとなく仕事もそんな気がしてしまうのは変だろうか。

 仕事の便利さのため複雑化していく。
単純化ではなく複雑化である。
統合すべきが本来と思うが細分化、複雑化していく世の中、本当の幸せとは何かと考えてしまう。
便利さだろうか。そうではないはず。
快適な生活、そうではないはず。原風景とだぶってしまう。

 人間は自然を支配しようとしてきた。自然との共有というが、自然に守られ、育てられてきたはず。
私には、便利さの代償のかわりにストレス社会をもたらしたように思うが。

人間から土をとりあげたせいで、失業や経済の競争を生んだようにみえるが。

 人間らしさとは、どういうことかという問いに何とこたえたらよいのだろう。
私には、原風景のある生活という答えしかみつからない。
仕事も同じように素朴さとか、自然さとかが必要なのであろうと思う。

複雑さとか細分化など仕事にはいらないであろう。そんな世の中になること。
もどることはできないのであろうか。
もっと人間らしさや暖かみのある。
利益の追求ばかり追い求める細分化、専門家した仕事ばかりである。
この世に必要のない仕事はないという人もいるが、私にはなくなったほうがよい仕事が多くあるようにみえる。
12年03月11日 02時34分45秒
Posted by: zeirishi1
与党となった民主党、野党になった自民党ほか各党にて消費税の税率を5%から10%へ、法人税等実行税率を40%から20%ないし25%に、所得税等の税率を50%から上げるなどの論議が行われている。

相続税については、あまり言われていないが、主要な税法の抜本的改正が進みそうである。
企業からは、この不況をなんとかしてくれ、国民からは、雇用をなんとかしてくれ。老後の生活を安心してすごせるようにしてくれといった具合に、国の財政状態も、国民生活も末期的症状になってきた。

今の経済学は全体が豊かになり、貧困者に対しては、セーフネットで救えばいいという構造が世界的にあたりまえという考え方が主流である。
日本の政策もこれによっている。

ただ、日本的国民感情・風土が、まだこの経済政策になじめないのである。
日本人はこのセーフティネットをよしとしない老人たちの人口が多いからだろうか。

当然セーフネットによる救済は所得等により一線がひかれるが、一線にもれた中間層(私は中間貧困層と思っている)は、何の恩恵を受けず、救済も受けられず、生活にあえいでいるのではないだろうか。
夢も希望もすくない、現状に必死なのかもしれない。
裏をかえせば、国家の政策を信用できないのではないだろうか。

高校3年の次男坊に「才能や努力をすれば、成功する、報われる社会と思っているか、運やコネが成功する要因か、どちらと思う」と聞いたら、大学はでました。
就職先はありません。
才能や努力ではどうにもなりません。
という答えがかえってきた。

ある本では、先進諸国のなかで、日本は上記の比率が高く、社会主義国家の中国のほうが才能・努力すれば成功すると思っている比率がはるかに高い。
と記載されていた。

高校の先生曰く、高校卒で就職すれば、そこそこ家族が生活できる。大学を卒業するとよいとこに就職できない可能性が高いという。
今の若者は、公務員になれたら、一生安泰、これが成功と思っているといっても過言ではないようだ。

日本人は気骨をなくした。大和魂がなくってしまった。
情けないことである。
物はあふれ、季節感のない食事、お金をだせば、なんでも買える。かつて中流意識という言葉よく使われたが、最近は聞かない。
ゆえに、中間貧困層があふれていると私は思っている。

子供一人の高校や大学にかかる費用が120万くらいはかかる。
子供3人いたら360万円かかる。年収300万から500万でどうやって生活ができるだろうか。
国会議員や都議会議員にはわかるまい。

不動産屋さん曰く、土地や家を買っているのは、ほとんど親の援助があり、親の援助がなければ買えないひとが多いと。
今の不動産購入層の年代の収入が低いのである。
親のために家を建て、子供ために家を建てているのが今のシルバー世代である。

どうして、日本人は気骨をなくしてしまったのだろうか。
12年03月11日 02時33分40秒
Posted by: zeirishi1
終りがあると同時に始まりがあります。
いつもこれからという気持ちを持ち続けていきたいものです。

あまりいいニュースがない昨今ですが、希望や祈りは必ずあるものです。
苦楽ともにあわせて歩み続けていくとあきらかになしていく生命力を持ち続けていきたいものです。

消費税の増税、所得税の増税と議論されていますが、個人的にはNO TAXの世の中が作れないないだろうかと以前から思っています。

単年度予算制度をやめ、毎年10%節約すれば、利回り10%とすれば25、6年で予算分の利回りを産むことができます。
そのときから無税国家の誕生となります。

仮に100兆円の予算とすると10%を節約して10%で運用していくと26年後に運用資産が1000兆円を超える計算になり100兆円の運用益を産むことになります。

ゆえに、税金はいらなくなるということになります。

不動産投資の利回りは10%以上はあたり前ですので、可能ではないかと思います。

公務員宿舎を民間並みに引き上げ、空いているなら民間に貸出す。

公務員給料を民間並みに引下げる。

例をあげたらたくさん運用益や経費節減をだせるものがあるはずである。

たとえば、人工衛星を利用している場合の利用料などその他収益をあげなければいけないものがたくさんあるはずと思います。

年金の問題は、一律同額支給がよいと思います。

もちろん国民の年金負担はゼロになるようにする。

所得制限はあってしかるべき問題。

把握するためには納税者番号というより、国民番号のIDが必要となる。

医療費は無料となる国家にしなければならない。

生命保険金制度は国家が支払う国もあるが、医療保険ともにすべての保険をなくしたほうがよいと思う。

保険がなくても大丈夫な国をつくれば、必要はないものとなる。

1000年先、2000年先にはたして税金や保険などあるだろうか。

なくてもよい世の中にしなくてはいけないと思う。

possessions(所有)とかgreed(欲)とかpoverty(貧困),war(戦争)も1000年後、2000年後の未来の世界にはなくなっていると信じている。

まして税金などありはしないでしょう。

医療代もないでしょう。
12年03月11日 02時32分38秒
Posted by: zeirishi1
国家公務員の給与を2012年度から2年間、平均7.8%引き下げる国家公務員給与削減と特例法が2/29の参院本会議で可決成立したとの報道があった。

国家公務員の平均年収は662万円、地方公務員は728万円(平成19年)、民間平均給与412万円(平成21年)、ちなみに昭島市では734万円(平成22年予算)とのことである。
日本は先進国のなかで一番財政状態が悪いそうです。
消費税の増税論議が昨今盛んにおこなわれていますが、現政権は消費税増税にはかなり力をいれている。

血税とよく言われてひさしい。公務員は公の仕事をつかさどる。国民への奉仕であります。それが民間給与ベースよりも異常に高い公務員給与は一般常識からいってもおかしいことである。

公的年金、退職金を含めた生涯賃金を比較すれば、おそらく2.5倍から3倍ちかくの差がでるものと思われる。

公務員の平均給与をすくなくとも民間レベル並みに下げなければならないのは、ごく自然な一般常識である。

公務員は特別に恵まれている。現在の若者が公務員になれたらばんばんざいと思っているのもうなづける。

少なくとも40%近くの人件費の削減が必要と思われる。
と同様に無駄な経費の節減も40%はできるものと推定されます。

できないのではなくやらないだけのことであると推定されます。
条例や法律改正にて民間ベースを超えてはならないと決めるべきである。
財政状態をおかしくしたのは、この高い公務員の給与ベースが一番の要因であるの思うのは私だけでしょうか。

税収が減るということは、民間でいえば売上が減ったと同じことである。
いはんや血税の収入である。
民間でいえば、リストラや人件費の減額がまずなされる。

民間の常識をそろそろ公的機関にもあるべきでは、そうでないと本当に日本は倒産します。
もう倒産してても不思議ではないくらいの借金ではあるが。

民間がどれほど苦しんでいるのかを知ってほしい。
12年03月11日 02時27分29秒
Posted by: zeirishi1
消費税の税率を上げることについての論議が行われている。

また将来20%ないし25%が予定されているのも事実である。
個人的には消費税反対。昔の物品税にもどして改正することがよいと思う。

消費税は、当時の政権自民党の強行採決により成立された税金である。
成立の日、税務署にいて、税務署職員の人と売上税と同じように没になるだろうと話していたときに強行採決で決まった税金である。

直接の納税義務者である企業にあめをあたえて、だんだんとムチに変えてきた税金である。

だが、世界の流れからいってもこの消費税はなくなりそうもない。
ただ不公平な部分の改正と税率がアップしていくだけです。

ところで、消費税の税率ですが、多段階制となっていくか、一律にアップしていくかの選択をこれからさき論議になるのは確実である。現政権は一律アップだが。

多段階制は合理的と一般常識的にも比較的受け入れられるだろう。
100万円の車と1000万円の車が同じ税率なことはだれがみてもおかしい。
食料品と宝石が同じ税率であるのも一般常識からおかしい。

いっそのこと多段階税率制に改正したらよかろうと思う。
1%から50%とかにして変動させればよい。
経済の情勢におうじてこまかく変動させればよい。

また、欧州のように低所得者への還付みたいなものはよいとは思わない。
このような還付は消費税の公平性からいっておかしい。
もう、あめとむち的税制はやめるべきである。
低所得の方でも贅沢品の購入には高い税率の税金を支払うのは当然だからである。

国会議員の選挙を意識した政策とはおさらばすべきときである。
「公務員の給与は民間給与の平均額以下にすべきである」にも記載したが、公的機関の徹底した人件費を含めた経費削減をおこなうべきである。
これは一般常識の範疇です。

確かに税金は公平なものは、なかなか作ることは困難なことではある。
多段階の税率の決定にも政治的圧力が加わり、おかしなものも出てくるでしょう。
まず、税制に政治的圧力がくわわらないようにすべきだが、現状の政治では無理であろう。

話はそれますが、政治家、政党への寄付金等は一切やめること。
パーティ券なるおかしなものもやめる。
政治的圧力を一切排除すること。金のかからない選挙制度に変えることなしには無理であろう。
12年03月11日 02時26分25秒
Posted by: zeirishi1
課税の公平について考えてみる。

簡単でなければ課税の公平はえられない。

では現在の税制は簡単か否か、否複雑である。

確定申告シーズンですので所得税の確定申告について、所得税の所得控除は任意であり、申告なしでは控除できない。

この申告なしでは控除できない構造をなくさないかぎり知らない人は損をする構造に税制になっている。
ここに根本的税制の欠陥がある。

23年分から障害者控除と扶養控除が入れ替わった。

障害者の親族をかかえている友人から電話があった。

友人曰く、障害者控除をさせないようにまちがえるように変えたように思えるとのこと。
このように簡単ではない。
また中学生以下が扶養控除できないようになった。
子供手当てのためとしている。

中学生以下が扶養控除できないとは、常識からいっておかしな税制になった。


年金収入400万以下で他の所得が20万円以下なら確定申告をしなくてよくなった。

ではしないとどうなるか。
得するものと損するものが発生する。

その分かれ目は個々の控除金額により計算しないとわからない。

これで課税の公平はまたくずれた。

年金に関しては年金収入だけの場合は非課税とするか、源泉分離課税にして申告不要にしたほうがまだよかった。


医療費控除の医療費から差し引く高額医療の還付の金額の通知は3/15過ぎにわかる。

申告期限までにまにあわない。
ではどうするか。
見込み金額にて計算して申告し、数字がことなれば修正申告か更正の請求となる。

いったい誰がこんな面倒なことをするでしょうか。


医療費控除はもちろん確定申告をしないとできません。
年末調整でできるようにすると、ぐっと確定申告は減る。

現医療費控除は任意です。
任意が税制には多すぎる。

高額医療の制度があるのだから医療費控除はなくしたほうがよいと思う。
医療保険にて工夫してまかなうようにすればよい。
いずれにしろ国民IDが必要なときにきている。
税制と医療や年金と相互にからませるには必要不可欠と思われる。

医療費控除ほかの所得控除は税率の高い人ほど恩恵を受けられる。
一律の税額控除にすべきであるのが課税の公平ではないか。


申告納税制度は知らないと損をする制度といってよいでしょう。

問題はあるが、知らないうちに税収がはいる制度のほうが公平に近いかもしれない。

一般庶民にとっては知らされない制度のほうが幸せということもある。

いずれにせよ申告納税制度は複雑、経費節減したものほど税金が高くなるのも納得がいかない。
12年03月11日 02時25分33秒
Posted by: zeirishi1
コミュニケーション(Communication)について考察してみたい。

すっかり日本語になってしまって、ニュアンスは人によって若干の違いはあるものの、コミュニケーションが大切とよく言うし、聞きもします。

商売の基本であることは誰でも知っているが、わかっているようでわからないのもコミュニケーションでもある。

「ほうれんそう」といえば、報告・連絡・相談を省力した言葉ですが、会社の内部でも外部でも重要なコミュニケーションにかかせないことです。

しかし、この報告、連絡、相談がうまく行われていない。
規則化してもなかなか守られていないことが多い。

新しいことを行おうとすると、反対が起こるのも世の常である。
やる気をおこさせる薬がななかない。
人はぬるま湯にどっぷりつかると初心をわすれてしまうものであるようだ。

危機感がないのも世の常で、いままでやってきたことと同じことを繰り返し行うことに馴れてしまって変えようとはしない。

組織も商売もたいていは内部からくずれていくものでもある。
気づかない。気づいても提案しない。報告しない。連絡しない。相談しない。
実行しない。勉強しない。責任をとらない。
すべてがあいまいになっていく。

企業内部でのコミュニケーションとは、トップの考える方針による規則化、計画化、そして実行、反省であると思う。

顧客とのコミュニケーションとは何でしょうか。
顧客にとってプラスとなること、マイナスになることの報告、連絡、相談がやはり大事なことは言うまでもない。

商品であれサービスであれ同じである。商品であれば商品知識がないと説明もできない。各商品の特徴、利点・欠点ともに知らなければ薦めることもできない。
サービスであれば、相手が判断できるように説明できる能力がなければならない。

信頼関係は日常の業務の中でつくられていく。
信頼される人になるとは、人の役に立つ業務を行うことである。
そのためには、勉強し続けていく。
その勉強したことをアウトプットしていく。

もちろん、言葉遣いや礼儀や相手を尊重する心、いわゆる人格を磨き続けていくことがコミュニケーションを通じての信頼関係に必要不可欠なことである。

本日、テレビをみていて、モノマネタレントのコロッケさんの放映がありました。
そのなかで「あおいくま」あせるな おこるな いばるな くさるな まけるな が
ありました。

勉強や努力は時間がかかります。ある新聞で藤原和博氏が1万時間の法則の記載がありました。技術と同様、ある部門のプロになるには、これくらいの時間がかかります。

勉強はし続ける以外ない。
あせってはいけない。地道な努力が必要。

世の中、いやなことがあってもおこってはいけない。
人間関係で世の中をわたっていかなければなりません。
ひっぱってくれるのもおとすのも人間だから。
がまん強くつづけなければいけない。
義憤はいいと思います。

ちょっとよくなるといばったり、人をけなしたりしてはいけない。
人間は感情の動物ですから嫌われたら、人間関係はもうそこで終わります。
ほとんどが第一印象で好感をもたれるかそうでないかできまってしまいます。

うまくいかなくてもくさってはいけない。
くさるとくっさた人がよってきます。
そうするとますますくさってしまう。
ある本で、貸し倒れが多くて困っています。それはあなたの心がくさっているから、
くさった人がよってくるのです。と記載されていたことを記憶しています。
これにはガーンときました。

人生、勝つか負けるか、勝負です。
決して負けてはいけない。
最期には勝たなくてはいけません。
強くないと幸せにはなれません。
強く生きなければなりません。
決して負けるな。負けじ魂です。

コミュニケーションの話からそれてしまいましたが、「格」を磨いていく。
そんな人生を送りたいものです。
人生いくつになっても困難との戦いなのでしょう。
12年03月11日 02時24分28秒
Posted by: zeirishi1
そもそも税金は何のために必要なのかを考えてみたい。

税金は法律のもとづいて施行されている。
法律はなんのために必要なのかの問題はさておき、社会のため国民のために必要である前提がまずなければならないが、社会と個人的利害はおうおうにして異なることが多い。

 税金も個人の利害と社会の利害とは反する場合が多い。
さまざまな税金があり、所得税・法人税のような直接税といわれるもの、消費税のように間接税といわれるものなど、所得の高さによる累進課税の代表が所得税、一定税率の消費税などある。

財源が必要だから、その目的のために作られた税金、税収を増やすために作られた税金などなどたくさんの税金がある。

税体系といわれるが、今の税金はぐちゃぐちゃのつぎはぎをしてできあがったものといえる。
税体系に理論が必要かどうかも本来は大切なことだが、一般庶民にはそんなことはどうでもいいことでもある。
ただ納得いくものが必要とされる。

よくでる疑問ですが、所得税に住民税がなぜまたかかるのと聞かれる。
たしかに所得にかかる税金は一つのほうが納得がいく。

 幼い子供から「税金はどうしてあるの」「何に使われているの」と聞かれたら、何と答えるだろうか。

社会のため国民のために税金があるの。社会福祉や個人ではできないことに税金は使われているの。と答える人も多いだろう。

 よく聞くことだが、税金はいいが、使われ方が問題であるともよく聞かれることです。
会計検査院などチェック機関はあるが、命令権はない。
住民による監査機能による責任と命令がない。
住民訴訟しか手はない。

 税金のない国ならいいのがよいが、それは現状では無理のようだが、できないことはないと思っている一人ですが、それはさておき、本題のなぜ税金が必要なのか。

社会のため国民の幸福のために使われるために必要に尽きると思う。
公務である行政側にその認識があるかどうか疑問もある方も多いようである。
民間よりかなり高い給与水準からしてしかり、あるようには思えない。

ゆえに、税収が足りないから消費税を5%から10%に上げるということになるのであろう。税金は共済制度であろうか。健康保険の国民健康保険税には税がつく。
企業組合の健康保険は健康険料で税はつかない。
法律による運営母体が違うからである。
公的医療制度の国民皆保険なら一本化にすべきがよいのでは。
話はそれるが、社会保障制度の一つである年金も同様です。
一本化にすべきである。
国民のための共済制度なら一本化すべきではないだろうか。

 健康保険制度や公的年金制度の将来が成り立たないとかで、消費税の増税が続くとされている昨今です。
いっそのことなくしてしまえばよいという考え方もある。
健康保険制度や公的年金制度のない国もあある(アメリカ)。
そうすと企業組合保険が残り、国民健康保険はなくなることになる。

医療代の無料の国もある(イギリスには無料で診療を受けられる病院がある。薬については有償ですが。スペインの公立病院(80%)は無料)
日本では、医療代も高く薬漬けはいっこうに変わりません。
日本も予防医学にお金を使ったほうがよいのでは。
健康な人や運動や健康に注意する人は、健康保険料(税)を支払い、病院にも行く必要が少ない。

 何のために、何に税金を使うのかをよくよく吟味する必要があるのにかかわらず、それが行われていない。たとえば、助成金など、申請しないともらえない。手当ても同様。
だったらやめたほうがいいという考え方がある。
商店会、自治会にいたるまで助成金がある。
予算に組まれ、飲み食いにも使われる。
あまくだりもある。パートでいい仕事で年700万円を超える給与のところもある。
公的監査で市役所を監査すれば、5000万円や1億円の無駄な使い道がころがっていると聞く。

 例年にならった予算ではなく白紙にして何のために使うのかの原点に戻らないとやがて財政破綻するだろう。
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