本田技研工業(ホンダ)の創業者本田宗一郎さん(故人)は、くり返し従業員に語っていたものだ。
「会社のタメに働こうなんて考えるな。人間みな自分がいちばん大事なはず。ならば、自分の夢を実現する手段として働けばいい。会社のために働こうなんて、そう格好つけるな・・」
たとえば、「本田さんが空冷エンジンだ」と号令かけたとき、開発部門で仕事をしていた久米是志(ただし)さんは、「もう空冷では、市場競争は勝てません」と、真っ向から反対したことは、大物同士のケンカとして有名だ。
 伝え聞くところによれば、一週間ほど久米さんは、出社を拒否したという。
 やがてホンダは、水冷エンジンに切り替えるのだが、このボス同士のケンカから数年後、93年になると久米社長を社長にしたのだ。本田宗一郎さんらしく、瞬間湯沸かし器のように、すぐ爆発もしたが、心の切り替えも達人だった。
 「自分のために働け」と言い続けた本田さんだが、ホンダには、立派に会社に尽くす、本田宗一郎の遺伝子が生き続け、優秀な幹部が続々と育ったことは、その後のホンダの業績を見れば、説明を要すまい。
 社長に尽くす幹部を育てたT信販は破綻し、会社に尽くす幹部を育てたホンダは繁栄を続ける。
 皮肉にも対照的な結果だが、世の中には、ややもすると“社長に尽くす人材”を育てようとして、その実、“社長に尽くす塵材”を育ててしまうトップもいらっしゃる。
 不滅の組織を育てるには、やはり、組織に尽くす幹部が欠かせない。